四日市市立図書館
 
Language:EnglishPortuguês
 

文字サイズ:

  • 大
  • 中
  • 小
 
サイトマップ
 
トップページ > 図書館スタッフおすすめ本 

図書館スタッフおすすめ本

 

2023/06/01

しんどいあなたへ ―戦中、戦後、平成の“生きづらい”女たち―

| by 図書館
「白痴」『白痴』 坂口安吾/著 新潮社 (市立・成人 B913.6/サカ/12)などより)
杳子『古井由吉自撰作品 1』 古井由吉/著 河出書房新社 (市立・書庫3 913.6/フル/12)より)
『コンビニ人間』 村田 沙耶香 文藝春秋 (市立・成人 913.6/ムラ/16)

 近年、生きづらさに悩む人が増えているという。
生きづらさをテーマにした本が数多く出版され、市立図書館でも多く所蔵している。

では文学の世界では、生きづらさを抱えた女性たちを、どう描いてきたのだろうか。

坂口安吾「白痴」は、戦時下の東京を舞台にした小説である。
新聞社に勤める井沢という主人公の男と、ひょんなことから暮らすようになった「白痴の女」は、戦中に暮らす生きづらさを抱えた女性である。
「然るべき家柄の然るべき娘のような品の良さで、眼の細々とうっとうしい、瓜実顔の古風の人形か能面のような美しい顔立ち」と描写される彼女だが、「特別静かでおとなし」く、「何かおどおどと口の中で言うだけで、その言葉は良くききとれず」、「料理も、米を炊くことも知らず、やらせれば出来るかも知れないが、ヘマをやって怒られ」てばかりであった。
空襲が繰り返される日々の中で「配給物をとりに行っても自身では何もできず、ただ立っているというだけ」という彼女は、怒鳴るばかりの義母と頼りにならない夫から逃げ、
隣の家に住んでいた井沢のもとに身を寄せるようになった。
しかし、「配給の行列に立っているのが精一杯で、喋ることすらも自由ではない」彼女を「まるで俺のために造られた悲しい人形のようではないか」と考える井沢との生活は、彼女の生きづらさを解消したわけではないだろう。


1970年に芥川賞を受賞した、古井由吉「杳子」に登場する蓉子もまた生きづらさを抱えた女性である。
大学生である主人公Sは登山をしている途中に、谷底でぼんやりと岩の上に座っていた杳子と出会う。
杳子は会うたびに主人公に違った印象を与え、彼女の話はどこか要領を得ない。
彼女は自身のことを「わたし、自分の病気のことをひとに喋ると、いつでも嘘をついてしまうんです」と語る。
そんな彼女に魅力を感じていたSだったが、約束と違う行動をとることのできない彼女と行動を共にすることに限界を感じ始める。
まるで彼女の保護者かのように振る舞うSだが、病気を超えて彼女自身を理解しようとする様子はない。


「白痴の女」も杳子も、男性の視点から描かれる。彼女たちの生きづらさは、男性と出会っても理解されず、解消されることもなかった。。
しかし、生きづらさを抱える女性を真っ向から描いた作品が、平成の世に現れた。
2016年に芥川賞を受賞した『コンビニ人間』である。
主人公である古倉は、お手本のない人生に生きづらさを感じていた。
大学生の頃、新装開店するコンビニにアルバイトとして働きはじめたことで、「コンビニ店員として生まれる前のことは、どこかおぼろげで、鮮明には思い出せない」ほどにコンビニ店員に順応する。自分の性格も、アルバイト仲間からお手本に作り上げた。
彼女は、白羽という男と出会ったことで、コンビニ業務以外のことを上手くこなせないという
“生きづらさ”と改めて直面することになるのである。
古倉は白羽に、助けも理解も求めない。彼女は自分の生きづらさを粛々と受け止めるのだ。


戦中、戦後、平成と変化してきた時代の中で、同じようで異なる生きづらさを抱えながら生きる彼女たち。
そんな彼女たちの生き方から、生きづらさに立ち向かうヒントがあるかもしれない。

06:00