『桑名町人風聞記録Ⅰ』

『桑名町人風聞記録Ⅰ』
桑名町人風聞記録刊行会/編 清文堂出版 (市立・地域 L/221/ /13)※閲覧用資料です。           


 桑名の鎮国守国神社には、近世後期から明治初頭までの出来事を書き留めた『豊秋雑筆』という31冊の史料が収蔵されており、本書はこの史料の天保5(1834)年から文久2(1862)年までの部分を翻刻し、『桑名町人風聞記録Ⅰ』として刊行したものである。

 『豊秋雑筆』の筆者は桑名城下に住む角屋吉兵衛という町人であるが、驚くべきはその情報量の豊富さと幅広さである。
 桑名近辺の出来事は言うまでもなく、黒船来航や桜田門外の変、和宮下向のことなど、幕末期の江戸や京都の情勢についてもかなり詳しく記されている。

 内容は多岐にわたり、身近に起こった事件や災害、当時の政治・経済・社会情勢、さらに、文学・芸能にまで及び、奇事・奇談の類まで掲載している。筆者が実際に目撃したという異様な形をした彗星やおびただしい数の流星群、また謎の飛行物体の出現記事なども随所に見られ、想像心も掻き立てられる。

 四日市地域に関する記述も多くあり、なかでも文久2年の「古物掘出し候事」は、現在、三重県の有形文化財に指定されている「伊坂の銅鐸」の発掘記事である。
 「朝明郡伊坂村、俗に古城跡といふ、字十字山といふ所より、岡村久四郎之倅此図のごとくの銅物を掘出しける、其中に玉の数凡三百粒余程有、其外くだ玉のごとくの品少々あり、・・・」とあるように、挿絵を添えてその出土品を紹介しているが、銅鐸といっしょに製作年代を異にする小玉、管玉などの装身具類も出土していたことが分かり、興味深いものがある。また、天保11年の「萱生中村之もと女の事」、嘉永5年の「おもとの髪のこと」の記述は、四日市市三重地区に伝わる民話「山姥の毛」の内容を裏付けるものでおもしろい。


 このように同書は、庶民の手による日常記録として地域の歴史に新たな発見と見直しをもたらすものであり、幕府方の先鋒ともなった桑名藩の動向をはじめ、幕末から明治にかけての激動期の地域の有様を記した第2巻の早期刊行が望まれる。