図書館スタッフおすすめ本

私でも簡単にできる災害対策

『プチプラで「地震に強い部屋づくり」』 辻 直美/著 扶桑社 (市立・成人 369.3//22)※よっかいち電子図書館にも所蔵あり

 

 先日、神戸で開催された阪神淡路大震災の教訓を若い世代の目線で伝えるフォーラムに行ってきた。さまざまな切り口で考えられたプログラムからたくさんの気づきがもらえ、我が家の備蓄・ローリングストック、部屋の震災対策について見直す好機会となった。
災害用トイレ、カセットコンロ、米、水、レトルト食品等備蓄しているつもりだが、量は適正なのか? 転倒防止対策はしているけど後は何をしておくといいのか? といくつか疑問に思い、手に取ったのがこの本、『プチプラで「地震に強い部屋づくり」』。
著者の阪神淡路大震災や大阪府北部地震の実体験をもとに、死なない、ケガしないための部屋づくり、ものを増やさずに災害に備える、などの章立てで、私が知りたかったことがたくさん紹介されていた。手軽な材料での地震に強い部屋づくりや、著者の備蓄品リストや防災リュックの中身などが載っていて、今後の買い足しの参考にできる、おすすめの1冊だ。

 

 この本は、市立図書館とよっかいち電子図書館にあります。
よっかいち電子図書館の利用はこちらから。

てこの原理を使える大人はカッコイイ

『道具のブツリ』 田中 幸・結城 千代子/文 大塚 文香/絵 雷鳥社 (市立・展示 420.4//23)

 

大きさ20×10×2㎝。コデックス装。表紙にはかわいいハサミの絵。そしてタイトルは『道具のブツリ』。

 

物理と言われ思い浮かぶのは、てこの原理、りんご、慣性の法則、フレミングの法則をかたちづくる左手・・・という具合の私ですが、この本を知ったとき、とてもわくわくしました。
ハサミ、ざる、スプーン、ゼムクリップ、箸などのしくみを、物理の視点から解説してくれるというのです。ねっ、わくわくしますでしょう?
実際最後まで楽しい読み物として読み進めることができました。

 

本書まえがきの中に「物事の理(ことわり)であるブツリ」という表現が出てきます。そのように考えると物理がグンと日常のものに感じられます。

 

なお、3月23日(日曜日)まで、2階展示コーナーでは、「やわらかいサイエンス」と題して、身の回りにある科学の本を紹介しています。ご紹介した『道具のブツリ』もその1冊です。

他にもたくさんの本を紹介していますので、ぜひお立ち寄りください。

多面体で存在する楽しさと幸せ

『愛と美の法則』 美輪 明宏/著 パルコエンタテインメント事業局 (成人・書庫 767.8//09)

 心が豊かになれる内容である。それに読みやすい字の大きさだ。新聞を読むには0.6の視力がいるそうだが、私にはありがたい字の大きさだし、美輪さんの著書はどれも豊富な絵、写真、色彩、優しくてあたたかなレイアウトで、なによりその感性から紡ぎだされる言葉に、とても豊かで優しい気持ちになれる。現在はAIが驚愕のスピードで進化して、人間よりはるかにうまく文章を書いたり、絵を描いたり、受け答えはスムーズで、果ては作詞・作曲もする時代になって、近未来は人間をコントロールするように計画されているとかいないとか。。。
  
未来がそのようになるのが確実であっても、美輪さんのような「感性」が人間にとって一番大切なものだと信じているのは私だけではないはずで。。。

叶うものなら、時の彼方からそういう未来人を見ていたい。

沼ハマ注意!味で楽しむ韓ドラの世界へようこそ!

『韓国ドラマ食堂 あの名シーンを食べる!』 本田朋美・八田靖史/著 西村オコ/絵 (市立・成人 596.2 //21)
韓国ドラマにはまってウン十年。ドラマを見て、実際に現地を訪れたり、文化や歴史などにも関心がありますが、やはり一番興味が湧いたのは”食文化”です。
どんな食材を使っているのか、どんな味がするのかなど、ドラマを見るたびに気になっていました。
そんな韓国好きな私が紹介するこの本は、日本でも手に入りやすい食材や調味料などを使いながら分かりやすい手順で書かれていて、料理初心者の方にもおススメで、とても美味しそうな料理がいっぱいです。
また、世界でも大ブームになった、「梨泰院クラス」の看板料理のスンドゥブチゲや、「愛の不時着」のトウモロコシ麺なども紹介されています。
料理にちなんだ小ネタやうんちくなどのコラムも載っているので、韓国ドラマガイド本としても楽しめます。
この本を読んで、まだまだ見ていないドラマも沢山あることを知りました。ぜひ皆さんも韓国ドラマ料理の世界をお楽しみください。

行って、帰って、話すということ

『はてしない物語』 ミヒャエル・エンデ/著 上田 真而子、佐藤 真理子/訳 岩波書店 (市立・児童 /943//11) 

 読書会がしたい、となにげに思って以来、読書会ってなにをするものなの? とことあるごとにかんがえている。
 答えはぜんぜんまとまらない。でもそれでいいか、とも思っている。まとまりがないものに対するために本を読むのに、そのための時間にまとまりのある効果を期待するほうが、へんだ。
 それに「話したい!」という衝動の部分なら、もうよくわかっている。まずそれを共有するところから、わくわくする読書会をはじめればいいんじゃない? ……というあたりまで考えたところで、ん、このかんじ、知ってるぞ、と思った。かなり具体的に、こういう本があった気がする——そうだ、『はてしない物語』だ。

 主人公のバスチアンは、本屋から盗んできた不思議な本「はてしない物語」を読み進めるうち、物語の中の世界・ファンタージェンに入り込んでしまう。
 まっさらな世界の創造主として、あらゆるものに名前を与えていくバスチアン。やがてその力におごり、上り詰め、転落し、自分の名前も忘れて……どうなるのかは、もちろん書かない。元の世界には帰って来る。でもどうやって帰って来るかは書かないし、書けない。
 
 物語の最後、ファンタージェンに行って帰ってきたもうひとりの人が出て来て、こう言う。
「おたがいの経験したことをはなしあおうよ。こういうことをはなしあえる人間はそうたくさんはいないから。」
 これじゃないだろうか、読書会って。それぞれがある本を読んでたどった道のりをはなしあう。聞きあう。そうしてなにか、まとまらないもろもろのことを、たしかめあう。そういう積み重ねで、集まったそれぞれの人の深い、深いところにあるなにかを、回復しあう——そういうのが、読書会なんじゃないだろうか。
 いつかもし、ほんとうに読書会をやることになったら、『はてしない物語』から始めてみたい。物語が求める必要なだけの時間を物語と過ごす、それだけのことがこんなにも失われる世の中になるなんて思わなかったけれど、だからこそ『はてしない物語』から始めたいし、もしあなたが読んだなら、ぜひ、おたがいの経験したことをはなしあいましょう。そういうことをはなしあえる人間もそうたくさんいなければ、そういうことをはなしあえる時間も、そうたっぷりとはないんですから。