図書館スタッフおすすめ本
ダイアログ・イン・ザ・ダーク~暗闇の中の対話~
『まっくらな中での対話』
茂木健一郎with ダイアログ・イン・ザ・ダーク/著 講談社 (市立・成人 B141.2 / /11)
『みるということ‐暗闇の中の対話』 ダイアログ・イン・ザ・ダーク/著 小学館 (市立・成人 141.2/ /16)
1988年にドイツで生まれた真っ暗闇のソーシャル・エンターテインメント施設 “ダイアログ・イン・ザ・ダーク” は、完全に光が遮断された空間の中へ入り、暗闇のエキスパートである視覚障害者のアテンドスタッフの サポートのもと、グループになって中を探索し、さまざまなことが体験できる施設です。この空間の中では、視覚障害者と晴眼者の立場が完全に逆転します。同じ施設が、東京にもあります。
『まっくらな中での対話』の著者・茂木健一郎氏は、その著書の中で、1999年に日本ではじめて開催されたダイアログ・イン・ザ・ダークに参加したときの自身の体験を語っています。脳科学者である茂木氏の言葉は、未体験の私の心に強い好奇心を抱かせる興味深いものでした。
『みるということ』では、親子や友人同士で実際にダイアログ・イン・ザ・ダークに参加した人たちの体験を知ることができます。体験する前と後では、それぞれの内面や関係性に少なからず何かしらの変化が訪れるようです。そして、その変化が好ましいものであるということにも、私はさらなる興味を掻き立てられました。
目が見える人は、情報の80%を視覚から得ているといわれています。その情報源が閉ざされた空間の中、音に耳をすませて、ひとつひとつの触感を手や足で確かめ、匂いを嗅ぐ。暗闇の中では、容姿や肩書き、年齢などはすべて関係なくなります。ただの自分になって、自分の内側を感じる時間を持つことは、情報過多の今の時代にはもしかしたらとても必要なことなのかも知れません。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク。ずいぶんと前から機会を狙っていますが、まだ未体験。いつか自分が体験した後に、この体験談を改めて読んでみたいと思っています。
古から伝わる謎解きに挑戦
『千年クイズ』 清水文子/著 リットーミュージック (市立・成人 807.9/ /14)
今、私たちは、本やテレビ番組などさまざまな場面で、たくさんのクイズに触れることができます。さらに、 この『千年クイズ』を読めば、今とは一味違った昔のクイズにも挑戦できるのです。
この本には、平安時代から昭和まで、古い時代のクイズが一問一答形式で紹介されています。クイズは多種多様で、絵を見て考える「絵解き謎」、文字を読んで考える「文字変換謎」、数字を計算して考える「数字謎」などがあります。その中から、自分のお気に入りの謎が見つかるかもしれません。
昔の謎解きは難しいかも、と思った時でも安心。各クイズにはヒントがついています。クイズは、当時の時代背景や常識が元になっているので、謎解きをしながら、楽しく歴史を知ることもできます。
私は、昔はこんなクイズがあったのかと驚き、頭をひねり、次のクイズは何かとワクワクし、つい時間を忘れて謎解きをしました。楽しみ方は人それぞれ。皆さんも古の様々な「謎」にぜひ、挑戦してみてください。
スケオタの世界
『スケオタデイズ 飛び出せ!海外遠征編』 (市立・成人784.6/ /16) グレゴリ青山/著 KADOKAWA
スケオタとは何か?それはフィギュアスケートオタクの略。今回紹介するのは、スケオタの世界に足を踏み入れることになった漫画家・イラストレーターのグレゴリ青山さんの著書。スケートとの出会いから次第に夢中になっていく様子、観戦した数々の試合で起こるドラマやちょっとしたネタまで、面白いと同時に興味深いエピソードが満載です。また海外遠征編では、日本人選手だけでなく、海外選手も多く登場。選手に対する深い愛情が伝わってくるのも魅力の一つです。
10数年ほど前、国際試合とアイスショーを生で数回観戦したことがあります。そのとき、テレビで見るのとは違った迫力や会場の雰囲気に圧倒されたことを思い出しました。フィギュアスケートブームの今は、もっとすごいのでしょうね。来年2月には、平昌オリンピックが開催されます。4年に一度の大舞台で、出場する選手たちがどのような演技を行うのか、観戦できるのを楽しみに待ちたいと思います。
他にもフィギュアスケートに関する本は、多数あります。ぜひ、「784.6」の棚をご覧ください。
田村泰次郎の文学世界
『肉体の門』 田村泰次郎/著 角川出版 (913.6/タム/郷土)
四日市の郷土作家である「田村泰次郎」と聞いて連想することは、「肉体文学」という言葉や、風俗小説作家といった肩書きでしょうか。
代表作である「肉体の門」は、戦後の日本の街娼を主人公としたものです。何度も映像化されたそれのパッケージやキャッチコピー、そしてその衝撃的なタイトル自体がどこか淫靡さや頽廃を感じられるもので、彼の作品には、そのようなイメージがついているように思われます。私が情報として知っていた田村泰次郎は、そのようなものでした。
実際読んでみると、映像であったような淫靡さや、現代における風俗小説といった類とは、異なるように思えました。今回読んだ文庫には、「肉体の門」、「肉体の悪魔」、「刺青」、「春婦伝」の4作が集録されており、いずれも「肉体」を用いた表現をしているものの(それが肉体文学なのでしょうが)、戦中戦後の日本を生々しく描いた戦争文学であり、前述で述べたようなものでは決してないように感じられます。頽廃的な生々しさというよりは、内面のある種の健康さを表現しているようにも考えられました。
先行するイメージにとらわれず、一度、田村泰次郎の作品に触れてみるのはいかがでしょうか。自分なりの解釈や感想が生まれると思いますよ。
また、田村泰次郎に関する研究の本も出版されています。
・『丹羽文雄と田村泰次郎』(910.26/タム/郷土)
・『田村泰次郎の戦争文学』(910.26/タム/郷土)
一読後、文学者の見解、田村泰次郎の為人を含め、作家について知るのもおもしろいのではないでしょうか。
ここで紹介した本は、いずれも本館の2階郷土作家コーナーで借りられますので、是非、読んでみて下さい。
初恋は実らずか・・・
戦国武将石田三成と大谷吉継の友情をテーマに書かれた小説。三成が豊臣秀吉の家臣になるところから始まり、吉継とともに豊臣家を守るため、徳川家康を討つことを決断するところで終わっている。
この小説には、人権的な視点で、友情を考えさせられる内容が語られている。秀吉主催の茶会の席で、一つの茶碗を数名で回し飲みする催事でのこと。大病を患い、目と口は出ているが、頭巾で顔を覆っている吉継の飲んだ茶を、隣の武将数名は、茶碗に口をつける真似をするだけで飲まなかった。ところが、三成は、自分のところに茶碗がくると一気に飲み干した。
周りの武将は、吉継のことを姿形や風評で判断して、忌み嫌う。当時、病気の知識はなかったにせよ、美辞麗句を並べ立てて、吉継を心配するふりをする武将より、幼馴染みで、気心の知れた三成のとった自然な振る舞いの方が、吉継にとって、どれほど温かく、そして頼もしく感じたことだろう。友情という絆が、より一層強く深くなったことを彷彿とさせてくれるエピソードである。
また、著者の創作した人物「おもよ」との恋の場面では、三成は、初恋は実らないものと身をもって知る。戦や政治から離れた三成のプライベートな部分が、女性目線の見事な筆致で書かれていて、彼の新たな一面を想像させてくれる。これが、この小説の魅力の一つとなっている。
現代に置き換えても、十分に通じる内容満載歴史ドラマを、ぜひご一読ください。